love sick

目の前で快活に笑う滝沢に曖昧な笑みを向けながら、壁の上にかけられた時計をそっと見上げる。

「あー滝さん。スイマセン、そろそろ時間なんで」
「ん?ああ、ごめんごめん。トッキーと約束してんだっけか。どう、元気にしてる?」
「ええ、まあ。おかげ様で」

微笑もうとして、頬のあたりの筋肉が痛んだ。
不自然な表情のまま固まる久保田の顔を、滝沢は不思議そうに眺めた。

「なあ、そういえば最近、くぼっちよく生傷作ってるよな。折角のいい男が台無しよ?」

滝沢はそう茶化しながらも、先日会った時には無かった絆創膏が貼られている頬に目を止め問い掛けた。

「ええ、ちょっと猫に引っ掻かれちゃって」
「猫?」
「しばらく前に拾ってから家に居るんですけどね。どうも最近、気性が荒くて」
「ふーん。猫、ねえ」
「ええ、猫です」

何かを探る様な、記者の目をした滝沢をにこりと綺麗に形作られた笑顔で封じる。
そして再び時計を見上げ、あーマズい、と小さく呟いたのを滝沢は聞き逃さなかった。

「じゃあ、滝さん。俺はこれで」
「ああ。ごめんな、時間取らせて」

席を立ち足早に去って行く久保田の後ろ姿を眺めながら、滝沢は吸っていた煙草の煙を吐き出すと、 まだ大分長さのあるそれを揉み消した。

「ほんと、どうしちゃったのかねー」

***

エレベーターの中で表示される数字が変わっていくのを焦れったく感じながら、久保田はケータイを確かめた。
着信は無し。

「もしかして、出掛けてるかな」

半ばそうであって欲しい、と願いながら401号室のドアノブをゆっくりと回した。
鍵は掛かっていない。

―ハズレか。

ある種の落胆を苦笑と共に一瞬で封じ込み、いつものようにドアを開けた。
後ろ手にドアを閉めたその瞬間、耳元で硝子が砕ける音が響き、コップだったものが無数の破片となって玄関に散りばめられる。

「おかえり、久保ちゃん。遅かったじゃん」
「うん、ごめんね。ただいま」