coating

9月8日

昼を過ぎた辺りから、不意に久保ちゃんがキッチンに籠もり始めた。
やがてリビングに満ちる、甘い甘い、匂い。

「なぁ、久保ちゃん。さっきから何やってんの?」
「んー?気になる?」

俺が居るソファーからではキッチンは見えても、久保ちゃんの手元までは見えない。
素直に頷けば、久保ちゃんは楽しそうに笑いながら「おいで」と手招きする。
呼ばれるままにキッチンに赴けば、そこには見覚えのあり過ぎる大きなボール。
2週間前は白い生クリームで満たされていた、その中身。

「チョコレート?」
「ご名答」

覗き込んだ俺に機嫌よく答えた久保ちゃんが、今度は冷蔵庫を開ける。
取り出したのは良く冷えた、少し小振りの真っ赤に熟れた苺。

「はい、味見」
「……あ、美味い」

久保ちゃんの指先に摘まれた一粒の苺の甘酸っぱさが口に広がる。

「なあ、もしかしてそのチョコって、」
「チョコフォンデュ。少し前にやってみたいって言ってたっしょ?」

俺の誕生日祝いのお礼も兼ねて、という久保ちゃんの余計な一言に蹴りを入れる。

「時任、痛いってば」
「久保ちゃんが変な事言うからだろっ!……嬉しいけど」
「余ったら好きに使っていいからね?」

Happy Birthday.