hypersensitive

全ては、ただ一言。運が悪かった。

「時任、立って」
「え、でも、」
「いいから」

久保田は躊躇う時任を短い遣り取りで半ば強引に席から立たせると、発車を告げる電車からホームに降り立った。
その瞬間、二人の背後でドアが閉まる。
顔色の悪い時任を手近な椅子に座らせると、久保田は二人分の飲み物を買い、一本を時任に手渡した。

「サンキュ……でもあのままだと、マジで吐くかと思った」
「言えばいいのに」

まだ動悸がするとぼやく時任の背を落ち着かせるように軽く摩りながら、久保田は片手にも拘らず 慣れた手付きで咥えた煙草に火を付ける。

「ていうかあの姉ちゃん、香水付け過ぎだっつの」
「まぁね。電車の中も空気が籠もっちゃってたし」

加えて連日のように続く猛暑に温められた車中では、過敏な時任が酔ってしまっても仕方が無い。
その時、不意に久保田の肩に慣れた重みがかかる。

「電車、次のが来たら帰る?」
「いや、いい―その次ので」
「暑くない?」
「ん、大丈夫」
「そ?ならいいけど」

自分の肩に凭れながら何時に無く素直に甘える時任に久保田は穏やかな笑みを浮かべると、 今日も暑くなりそうだ、と高く広がる青空を見上げた。