irritation

時任が包丁で指先を切った。
傷自体はそれ程深いものでは無かったからこそ、その後に行うべきであった処置を怠った。
バンドエイドのみで止血を行った、その翌朝。
切った指先が赤く腫れ上がり、発熱してしまったのだ。

「傷口から細菌性の感染を起こしてしまったんでしょう」

というのが、すぐさま連絡を取り往診を頼んだ主治医の見立てだった。
時任には薬物に対する強いアレルギーがある。
駄目元で処方された抗生剤をそれと分からないよう飲ませてみれば案の定、拒絶反応からか 激しい嘔吐を繰り返してしまった。
仕方なく内服薬での解熱は諦め、同じく処方された軟膏を傷口に塗り、ガーゼで保護してみれば、 今度は指先に強い痛みを訴えた。
巻いたばかりの包帯を外してガーゼを剥せば、そこは赤く爛れていて。
思わず深いため息が漏れる。

「飲み薬もダメ、塗り薬もダメ。ほんと、お前どーすんの?」
「ごめん……」

ベッドに顔色悪く横たわりながら項垂れた時任を見て、珍しく自分が冷静さを欠いていることに気付く。

「ごめん、時任が悪い訳じゃないね。早く洗っておいで」
「うん……」

少しふらつきながらも洗面所へと向かう時任の背中を見送りながら、今後もちょっとした熱や怪我にも こうして神経を擦り減らせなければならないのか、という事よりも。

「あーなんかもう、」

何をすればあれだけ強いアレルギーを持つというのに、右手だけとは云え形質を変化させる程の効果を持つ 薬物を投与出来るというのか。

「ムカつくよねー……」

自分には出来ない事をやってのけた見えない相手を苦々しく思い、苛立ちを募らせた。

逆にアレルギーがあったからこそ右手だけで済んだ、という可能性も(以下略)