愚者の祭事

明日はバレンタインデーだから。
チョコのやり取りなんか無くたって、ただ一緒に居られればそれで良かったんだ。
朝起きてから何処に行って、何をするのか考えて。
その為にやりたかったゲームを我慢して早く寝たのだ。
それなのに。

「モグリには釘刺しといたのに、あんの雀荘のクソ親父が余計な事をしやがって」
「まぁ、くぼっち本人がバレンタインデーって事に気付いていないんじゃ、仕方が無いんじゃない?」

言った瞬間、時任にキッとした目付きで睨まれ、滝沢は肩を竦めた。
時間は遡る事2時間ほど前―
ある事件を切っ掛けに久保田と時任の二人と関わりを持ってから、興味の尽きない彼らと度々食事を共にするようになっていた。
と言っても二人を誘うのはもっぱら滝沢の方で、時任から誘われたのは初めての事だった。
物珍しさと何の用なのか興味も手伝って、いつものファミレスで待ち合わせたのだ。
そして、時任から久保田への一方的な愚痴に付き合わされていた。

「それで?トッキーがそんな大事な日に、俺なんかとココに居ていいわけ?家でくぼっちを待っててあげた方が良くない?」
「ああ、それなら大丈夫。ちゃんとここまで迎えに来るから久保ちゃん」

時任が何でもないことの様に言った瞬間。
滝沢は飲みかけていたコーヒーを誤って気管に送ってしまい、ゲホゲホと咽込んでしまった。

「あーあ、何やってんだよ」
「ちょっと、トッキー……俺のこと殺す気?」
「何が?」
「いや、何がって。いくら分かってなかったくぼっちが悪いとはいえ、バレンタインデーよ? 普通そんな日に好きなコが他の男と一緒に居て、いい気はしないっしょー」

そして、その矛先が向けられるのは間違いなく時任では無く自分だ。
絶対に!

「そんなの、俺様よりもバイトを優先した久保ちゃんと、」

時任の口許にゆっくりと笑みが浮かぶ。

「こんな日に一緒に過ごす彼女も居ない滝さんが悪い」
「……トッキーてさぁ。たまに、すっっっごく残酷だよね」

『いま、滝さんと一緒だから。悔しかったらさっさとチョコ持って迎えに来い』
みたいなメールを送りつければ良いと思うよ!