今は無い何かが無性に欲しくなる時。
それは時と場所を選ばずに、突然やってくる……事もある。

【orange】

ずっと前から欲しかったゲームを買いに行った、その帰り道。
半歩先を久保ちゃんが歩いていて、他愛の会話を交わしながら俺は全く別の、違う事を考えていた。

―なんだかオレンジジュースが飲みたい。今すぐに。

銘柄なんてどーでも良くて、ただオレンジが飲めれば俺はそれで満足なんだ。
それなのに。
いつもならばそこら中にあるように思える自販機も、いざ目的意識を持って探すとなると案外なかなか見つからない。
漸く見つけたとしても、今度は肝心のオレンジジュースが無い。

―オレンジジュースの無い自販機なんて今すぐこの世から消えて無くなればいいのに。

たかが飲み物如きで馬鹿らしい、と思われたとしても。
今の俺様はこれ以上無いってくらい真剣だ。

「時任、どうかした?」
「え、何が?」
「実は上の空でしょ。さっきから生返事ばっかだし?」

さすが久保ちゃん。
俺様の些細な変化(そんなに分かりやすい態度には出してない、と思いたい)を見逃さない辺りは褒めてやってもいい。
だけど。

「どしたの?」

まさか、オレンジジュースが飲みたくて探してたなんて、そんなガキみてーな事を言える筈もなくて。

「いや、何かちょっと喉乾いたかなって」
「それなら早く言えば良かったのに。さっき自販機あったでしょ?」

ああ、違うんだって。
駄目なんだって。
確かに喉は乾いてるんだけど、そーだけどっ。

「時任?」

来た道を戻ろうとした久保ちゃんの袖口を思わず掴む。

「どうしたの?」

覗き込まれて、一瞬躊躇う。
あー、もういい。ここまで来たら自分の変なプライドなんて捨ててやる。

「―が飲みたい」
「ごめん時任、もっかい言って?」
「だから、オレンジジュースが飲みてーの!」
「……」

頼むからその沈黙はやめてくれ。
と、思ったら。

「……何笑ってんだよ」
「ああ、ごめんごめん。いやもう、可愛いなーと思って」

肩を震わして堪えてたみたいだけど、ついに本格的に笑いだした久保ちゃんに一蹴り入れてやる。

「痛いってば時任」
「うるさいっ。俺様はオレンジが飲みてーの。オーレーンージー!」
「はいはい。マックにでも寄って帰ろっか」

結局、開き直りも大切だってこと。