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「あ、かわいい」

出勤前に、何気なく立ち寄ったコンビニの。
申し訳程度に設けられた、コスメ用品の一角で。
ふと目に付いたのは、春の桜を思わせる薄紅色をした、一本のマニキュア。
有名メーカーでもないそれは安物で、仕事には向かない色だけど。
それには、目を引く何かがあった。
まるで吸い寄せられるように手を伸ばした、その時。

「あれ、アンナじゃん」

聞き覚えのある声に振り向けば、相変わらず意志の強そうな目が、迷う事なく自分を 見つめていた。

「久しぶりね。今日は誠人と一緒じゃないの?」
「……俺達がいつもセットみたいに言うな」

これは、誠人と喧嘩して家を出て来たわね。
不機嫌さを隠そうともしない声に、込み上げる笑いを噛み殺しながらそう、当たりをつけて。

「それで?誠人とセットじゃない君は、こんな所で何してるの?わざわざ駅の方まで来なくたって、 コンビニならいくらでもあるじゃない」

それこそ、二人が住むマンションの目と鼻の先にだって、ココと同じ看板を掲げた店があるでしょうに。
そんな私の疑問に、彼はその手に持っていたカゴを僅かに持ち上げた。

「今週の新商品。俺らの家の方じゃ、売り切れてて無かったし……」
「それで、わざわざ?それはご苦労な事ね」
「べ、べつに、久保ちゃんのためとかじゃあ無いからなっ」
「もう分かったわよ。それより、買う物決まってるなら早く帰った方がいいんじゃない?溶けるわよ、ソレ」
「え?あ、やべっ!」

私の視線を追って、カゴの中に放り込まれていたアイスの存在を思い出したらしい彼が、慌ててレジへと 駆けていく姿を見送って、私は何も買わないまま出口に向かった。

「待てよ。アーンーナー」

今度はやや遠くから、再び自分を呼ぶ声に振り返った、その矢先。
綺麗な放物線を描きながら目の前に投げて寄越されたソレを、反射的に受け取ってみれば。

「あん時は、いろいろ世話になったからな」

にっ、と笑う彼の顔と、自分の手の中にあるマニキュアに。

「ありがと」

完敗だ、と。
訳もなく、ただ笑い出したい気分になった。

Happy White day!