since 2005年8月12日
寝覚め最悪。
その言葉が、どういう時に用いられるのか、時任は十分に理解した。
まさに、今この状態の事を言うのだ。
べつに、喧嘩をしたワケではない。
記憶を遡れば事の発端はそう、昨夜に何気なく見ていたテレビ。
昨日は世間を賑わすバレンタインデー。
何日も前からワイドショーを始めとする各メディアが競って特集を組み、町中さえも巻き込む一大イベントも
当日ともなれば、返って賑わいもなく寂しいものだった。
それでもイベント当日、という事で控えめながらもやはり特集は放送される訳で。
自分には関係無いし、何の期待もしてないけれど。
だからと言って、いつもと変わらずに「もう寝ようか」という言葉で久保田に一日の終わりを告げられてしまえば、それなりに
物悲しさを感じずには居られなかった。
それでも二人してベッドに潜り込み、冬の寒さなんて関係ないと思える世界に身を浸してしまえば、それはそれで幸せな事で、
それ以外の事なんて、全てどうでもいい事だとさえ思った。
それなのに。
朝、目が覚めたら久保田が居なかったのだ。
バイトがある、という話は聞いていなかったから、多分コンビニに行ったか何かしたんだろうけど。
「ただいま」
せめて、一言ぐらい声を掛けて行ってくれてもいいんじゃないか。
「怒ってるの?」
「べつに」
「だって、ただいまって言っても返事してくれなかったじゃない」
「行ってきますも言わねーような奴に言ってやる事なんて、何もねーよ」
「ごめん」
そっぽを向いてしまうと、ガサガサと袋を探るような音がして、綺麗にラッピングされた小さな箱が目の前に差し出された。
「これ買いに行ってた、って言っても許してくれない?」
「どうせ値引きされてたから、買ってきただけだろ」
その証拠に、袋の中にはチョコレート以外にもセッタやら牛乳やら近麻の新刊やらが雑然と放り込まれていた。
何も言えずに困ったような顔で笑う久保田を余所に、時任は渡された箱を裏返した。
「しかもビターだし」
「これが一番マシっぽかったんだけどね」
「久保ちゃん、口開けろ」
薄く開かれた口の中に、包み紙を剥いたチョコレートを押し込んだ。
「おかえり、久保ちゃん」
「うん。ただいま」
バレンタインデー、の次の日。