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階段を上りきった治は、ふと怪訝に思い、ドアノブにかけた手を止めた。
何やら、事務所の中が騒がしい。
中の様子を窺うと、それはどうやらトラブルといった類ではなく、中にいる何人かがはしゃいで騒いでいるだけのようだ。

「お前ら少し五月蠅いぞ。何をそんなに、」
「よう、ちゃむ。おまえ、チョコいくつ貰った?」

事務所内に入り、喧噪を静めようとした治の声は、その騒ぎの中心にいた龍之介の言葉にかき消された。

「チョコ?」
「そ。今日、バレンタインじゃん」

俺は店の女の子達から5個も貰ったんだぜーと、カラフルでポップな物から大人っぽい洒落たデザインまである箱の数々を 見せびらかす龍之介の後から、「龍ばっかずるいよな」だの、「俺は3つしかない」だの、「どうせ義理だろ」だの、 「去年は俺の方が多かった」だの、負け惜しみとしか取れない声が次から次へと飛んできて、治は軽い頭痛を覚えた。

「お前らそんな事ではしゃいでないで、仕事しろ、仕事」
「何だよいいじゃん。今日ぐらい固い事言うなって。そういうお前だって、いくつか貰ってんべ?」
「下らないな」

顔を覗き込もうとする龍之介の横をさっさと横切り、事務所の奥へと足を進める治の背中に向かって、 半信半疑、と言った声が届く。

「なぁ、お前もしかして一つも貰ってな、」
「だまれ」
「え、もしかしてマジ?寂しー!俺の一つ、分けてやろうか?」
「うるさい!だまれって言ってるだろ!」

こうして2月14日は騒がしく、賑やかに且つ平和に過ぎていった。

Happy Valentine Day !