日中の茹だるような暑さも夕方を過ぎれば鳴りを潜め、幾分かの過ごしやすさを齎してくれる。
だが、それでも一日のほとんどを冷房の効いた室内で過ごした自分達にとっては「過ごしやすさ」を
感じ取るのにはやや難しく、陽が落ちてもなお変わらずエアコンの恩恵を受け続けていた。

【群青 -deep into the night-】

先刻よりも冷房の効いたリビングの空気が、風呂上がりの上気した肌に心地よく馴染む。
通常よりも低めの温度が暑がりの自分に対する久保田の気遣いと分かり、時任はひっそりと笑みを
零した。
身体が冷え切ってしまう前に冷房の設定温度をいつもより少し高めに戻すと、ベランダへと通じる
窓を開け放した。
昼間の熱気を僅かに残した夜風が室内の冷えきった空気を払拭するようにゆっくりとリビングに満ちていく。
時任は手にした缶ビールを一気に煽ると、手近にあったクッションを枕代わりに引き寄せ、ソファーでは無く冷えた フローリングにごろりと寝転んだ。
余計な音の無い部屋。
浴室の方から聞こえる久保田が使うシャワーの音だけが静けさの中で耳に心地よく響き、時任は誘われるまま目を閉じた。

「時任、風邪引くよ」
「ん……」

いつの間に眠っていたのか。
時任は自分のすぐ真上から聞こえた声と抜けきらない眠気に目を細めた。

「ほーら、寝るならベッド」
「んー……」

まどろむ心地よさに再び身を任せようとする時任の肩を久保田が軽く揺すると、まだ水気を含んだ髪から水滴が落ち、時任の頬を濡らした。

「冷た、」
「起きないからっしょ?」

滴り落ちる水滴から逃れるようにクッションに顔を埋めると、未だ湯上りの色っぽさを残すうなじが晒された。
誘われるように久保田が身体を屈め唇を寄せると、濡れた髪が首筋を掠め、時任が顔を顰める。

「だから冷たいって」
「じゃあ、冷たくなければいいの?」

久保田は緩慢ながら身を捩り逃れようとする時任の手首を軽く押さえつけると、零れ落ちた水滴の跡を辿るようにゆっくりと唇を寄せ、舌先で掬い上げた。

「あっ、」

身体の奥底に灯された、小さな小さな情欲の火種。
やがて無視する事の出来ない熱を齎した久保田に、時任は恨みがましそうな目を向けた。

「……いま風呂入ったばっかなのに」
「いいじゃない、また入れば」
「サイテー」

閉め忘れられた窓の外には群青色をした夏の夜空が広がっていた。