since 2005年8月12日
「食えない」
目の前に用意された食事には禄に手を付けないまま。
「もうちょっと頑張らない?」
「ムリ。吐く」
本当に気分の悪そうな時任に無理を強いる事は出来ない。
押しやられた食器を早々に下げ、代わりに冷蔵庫を開け常備されるようになったヨーグルトを
皿に盛り付ける。
「最近、ずっとだね。倒れるよ?」
「大げさ」
「そんな事ないと思うけどね」
テーブルに突っ伏した時任のシャツの袖から覗く手首は、心なしか細くなったように見えた。
ヨーグルトの皿を時任の傍らに置き、煙草に火をつける。
「妊娠でもした?」
「んな訳ねーだろ」
「そりゃそーね」
もちろん、久保田も本気で言った訳ではない。
当然、時任もそれを分かって、軽く受け流すと起き上がりヨーグルトに手を伸ばした。
「まあ、出来てもいいかな、とか。思わなくもねーけど」
「へぇ……」
時任が妊娠でもしたら、それは確実に俺の子供だろうけど。
ただ、普段が現実主義なだけに時任の言葉は、少し意外だった。
「なに、時任。子供欲しいとか思ってるの?」
「別に。ただ、出来たら出来たでもいいんじゃないかってだけの話」
―そっか、もし俺が妊娠したら久保ちゃん禁煙決定だな。
なんて、時任が真面目な顔して言うもんだから。
「なんで笑うんだよ久保ちゃんっ」
「ごめん、なんかもう可笑しくて」
「人が真剣に話してんのに……」
「まーね、確かに時任の子供なら可愛いだろうけどさ。いくら自分の子でも、時任を取られるのは嫌かなー」
「そーいうモン?」
「そーいうもんです」
「ふーん……」
俺の言葉を聞き流そうとはしているけど、スプーンを銜えた顔が若干赤くなってるのは、
気のせいじゃないよね?
「だからさ、時任は何も気にする事なんか無いんだよ?」
「いや、端っから何も気にしてねーし」
「あ、そうなの?俺はてっきり時任が俺の子欲しいとか気に病んじゃって、 食欲が落ちちゃったんじゃないかなーって思ったんだけど」
「だーもう、その話はもう終わり!お・し・ま・い!!」
「じゃあ、ご飯ちゃんと食べてくれる?」
「おう!久保ちゃん今日の夜はピザ3枚なっ」
「……後で胃薬でも買いに行った方がよさそーね」
アノレキシア【anorexia】
食欲不振。神経性食欲不振症(anorexia nervosa)