since 2005年8月12日
俺の誕生日が過ぎてから約2週間。
色々あったが結局、時任の左手に着けられる事になったシルバーのリングは未だ外される事は無く、
薬指でその存在を誇示し続けていた。
そしてあの日以来、変わったことがもう一つ。
「時任」
風呂から上がったことを伝える為に、時任に声を掛ける。
が、時任は気付く事無くじっと一点を……2週間前に嵌められたリングを見つめたまま、
身動ぎ一つしようとしなかった。
そんな時任の様子に、意識せずとも溜め息が出る。
「……渡さなきゃよかったかな」
ポツリと呟いた自分の言葉に、自嘲めいた笑みが浮かぶ。
時任を自分だけのものにしたくて渡した筈の指輪が、この僅かな期間の間に自分から時任を
奪っていくものへと変化してしまったかのように思えて。
「とき、」
もう一度声を掛けようとして、やめる。
代わりに時任に近づいて、さらさらの髪をクシャリと撫でた。
「あ、久保ちゃん……さっき何か言ったか?」
「なんでもないよ。お前も早く風呂入っておいで」
漸く時任の瞳が俺を捉えた事で、先程までの鬱々とした負の感情が嘘のようにすっと引いていく。
もう一度リングに目を留めれば、2週間前の事が鮮やかな記憶として蘇る。
久保田の視線を追った時任が、さっと手を引いた。
「な、なんだよっ」
「いや。外さないんだな、と思って」
「外して欲しけりゃ、今すぐにでも外してやる」
「随分と怖いこと言うね」
時任の悪態に本当にそう思っているのかと疑いたくなるほど、久保田は呑気にそう言った。
そして。
「そんなに気に入ってるの?ソレ」
矛盾してる事を言っているのは、自分でもよく分かってる。
それでも、そう言いたくなる程に時任の指輪に向ける関心は高かった。
「べつに……気に入らねーっつったら、嘘になる。けど」
「けど?」
じゃあ、何が不満だと言うのだろうか。
時任の言葉を反復し、先を促す。
「お前のは?」
「ん?」
唐突にそう聞かれ、何の事を言っているのか分からなかったが、会話の流れから
それは時任に渡したリングの事だと理解した。
「無いよ」
「なんで?」
「虚しいだけじゃない」
時任の綺麗な目が、瞬く間につり上がる。
さすがに俺の言葉が足りな過ぎだと少しばかり反省し、改めて言い直す。
「時任が受け取ってくれるかも分からないのに2つ用意して、両方とも使えなかったら意味無いでしょ?」
「じゃあ、何で俺が受け取ったのにもう一つ用意しねえんだよ?」
「売り切れだったから」
「は?」
「だから、売り切れ。それが最後の一つだったらしいんだよね。もともと少なかった物みたいだし」
時任の表情が段々と気の抜けたものになっていく。
かと思えば次の瞬間、時任がさも可笑しそうに笑い出した。
「はは、何だよそれ!だから久保ちゃんのが無ぇのかよ。お前、ほんっと間抜けすぎ!!」
「そんなに笑わなくてもいいでしょうが」
腹を抱えて笑う時任に久保田が拗ねた様な声を出せば、時任は「ちょっと待ってろ」と言い置き、
リビングを出ていった。
一頻り笑って眼に滲んだ涙を拭いながら戻ってきた時任の手には、見覚えのある細い鎖。
「久保ちゃん、ちょっと後向け」
「……こう?」
時任がしようとしている事に思い当たる節があり、言う通りにする。
やがて時任の体温をすぐ側に感じたかと思えば、予想と違わぬ冷たさと重さが首元に掛けられた。
「しょうがねーから、これでも着けとけ」
「首輪みたいね、コレ」
その言葉に、時任は当然だと頷いた。
「お前のご主人様は、この俺様だけだからな」
時任Happy Birtheday!