since 2005年8月12日
遠くにシャワーの音を聞きながら、ベッドの上で気怠い身体を持て余す。
不思議と煙草に火をつけ吸う気にならないのは、微かに残るバニラの香りの所為かもしれない。
それでも口寂しさを紛らわす事は出来ず、無駄に広いベッドの上でゴロリと寝返りを打つと、サイドボードに置かれたままの箱が目に付いた。
それは昨晩、真田から与えられた物だった。
中身は洋酒の効いたチョコレート。
起き上がる事はせず、腕だけを伸ばし箱を引き寄せる。
微かに香る甘い匂いに舌先が痺れる程のアルコールを思い出して、自然と喉が鳴った。
禁断症状みたいに、震えそうになる手で蓋を開け目に付いた一つを摘み上げる。
振りかけられたココアパウダーがシーツの上に落ちた、その瞬間。
「はしたないから止めなさい」
嗜める声に、手に取って口に運びかけたそれを渋々箱に戻す。
いつの間にシャワーを終えたのか。
見上げると呆れた様な視線にぶつかり、よく聞く悪戯が見付かった子供のような心境ってこんな感じなのか、と何処かずれた事を思いながら肩を竦める。
「また、お預けですか?」
「またとは人聞きが悪い。私がいつ君にお預けをしたのかね?」
「よく言う……」
意地の悪い笑み。
昨晩、散々見たそれは行為そのものさえ思い起こさせる。
「そう、物欲しそうな顔をするんじゃない。まずは、言うべき事があるだろう?」
君には、言葉を話せる口があるのだから。
そう言いながら、指先が唇に触れる。
いつも冷たいそれはシャワーを終えたばかりの所為か、まだ熱を帯びていて温かい。
「……欲しいです。下さい」
「よかろう」
唇から離れた指先が、箱を手元に引き寄せる。
口元に当てがわれたのは、中でも一際大きなチョコレート。
ひと口では食べられないそれを、半分に噛み砕く。
滴り落ちた洋酒がシーツに新たな染みを作った。