since 2005年8月12日
「ただいま……どしたの?時任」
まだ暑さの残る8月下旬の夕方。
雀荘でのバイトを終え、ちょっとした買い物を済ませてから愛猫の待つ家へ帰ると、
その愛猫―時任は冷房をガンガンに利かせた部屋の中、タオルケットを被りソファーに
凭れるようにして蹲っていた。
「時任、もしかして具合悪い?」
聞けば否定するように小さく首を振る。
だけど相変わらず、何も喋ってはくれなくて。
「そう。でも風邪ひくといけないから、冷房の温度上げるね」
言いながらフローリングの床に投げ出されているリモコンを拾い上げ、
今度は時任の了解無しに温度を高めに設定し直した。
「で、何を拗ねているのかな時任クンは」
クーラーが弱まり幾分か静かになった部屋で、俺は時任の機嫌をこれ以上損ねない
ギリギリの位置で腰を下ろした。
「今日、おっちゃんが来た」
「葛西さんが?何だって?」
「お前、今日が何の日だか言ってみろ」
「今日って、俺の誕生日だけど。それがどうかしたの?」
「忘れてねーじゃん!」
突然、時任はそう叫ぶと被っていたタオルケットを俺に向かって投げつけた。
「ときと、」
「コレ」
時任は俺の言葉を遮ると、自分の手元に置いてあった―時任の陰に隠れてて気が付かなかったが、
見知った洋菓子店のロゴマークが印字された箱を俺の方へ押しやった。
「どうせ忘れてるだろうから二人で食え、だってさ」
「そう……」
「で、何か欲しいもんとかねーの?」
「え?」
予想していなかった言葉だけに意味を図りかねていると、
「だから、久保ちゃんの誕生日なんだろ?何か欲しいモンとかねーの?って聞いてんの!
それから、自分の誕生日をどうでもいいみたいに言うんじゃねぇ!」
時任が苛立たしげにそう捲し立てた。
「なに、欲しいって言ったらくれるの?」
「……俺に用意出来るものなら」
「そう。じゃあさ、お願いがあるんだけど。ちょっと後ろ向いて」
「あ?なんで」
「いいから」
不承不承、といった面持ちながらも俺の言うとおりに背を向けた時任の背後に
そっと近付くと、ポケットに入れっぱなしだった物を取り出した。
「じっとしててね」
時任が振り返ろうとするよりも先に釘を刺し、手にしたそれを時任の首に回す。
金属が擦れ合う小さな音と共に肌に当たる冷たい感触で、時任の身体が僅かに震えた。
「嫌じゃなかったら、これ着けてて。俺は臆病だから目に見える形で繋いでおかないと、不安なの」
時任は俺の言葉を聞いているのかいないのか、首元で揺れる細い鎖に指を添わせた。
着けられた物を自分の目で確認するには鎖の長さが僅かに足りないが、指先で触れた感触で、
それが何なのかは容易に知れる筈だ。
「取って、コレ」
「うーん、やっぱダメか」
感情の読みとれない時任の言葉に苦笑と言うにはあまりにも痛々しい微笑を浮かべると、
再びカチッという金属が擦れ合う小さな音を響かせながらソレを外した。
「貸せ」
「これ?はい」
受け取った物を改めて目の前で翳して見れば、予想と違わぬものが鈍い光を放ちながら揺れた。
鎖を抜き、手の中に落とす。
「こーいうのは、首じゃなくて、こっちにするもんだろ?」
振り向いた時任の薬指にぴったり嵌められた、シルバーのリング。
「時任……」
急に恥ずかしくなったのか、視線を逸らして再び背を向ける時任を背後から抱き締める。
「ありがと」
「ちょ、久保ちゃん!暑いっ!!」
腕の中で暴れる時任を押さえ込みながら、時任の左手を取り目の前に掲げる。
「しかも、こっちの手にしてくれるなんてね」
「な、それは右手じゃ入んねーからでっ」
うん、知ってる。もともとそのつもりで買って来たんだし。
「とりあえず、ケーキでも食べますか」
「おう」
久保ちゃんHappy Birtheday!