sense

遠くにシャワーの音を聞きながら怠い腕を動かして、ソレを手に取る。
久保ちゃんの、メガネ。 
奴がコレを外すのは寝る時と、風呂入る時と、セックスする時。
普段はコレが無いとロクに動けもしねーくせに、シてる時だけは、それこそ水を得た魚のように
俺を快楽っていう波の中に引きずり込んでく。

壊してしまおうか。

手持ち無沙汰にソレを弄んでいれば、ふと、そんな事を思った。
視界を矯正するっていう重要な役を担っている割に華奢な作りのソレは、右手を使うまでもなく、
少しの力を加えれば簡単に拉げてしまえるだろう。
久保ちゃんの視界を奪うのは、こんなにも容易い。

「バカみてぇ……」

もしコレが無くなれば、俺の側から離れる事が出来なくなるのかと一瞬たりとも思った自分が
酷く滑稽だ。

「時任」

いつの間に風呂から上がったのか、不意に掛けられた声に左手に持ったままのソレを、
どうしようかと思慮する間もなく体が勝手に動いて、気が付いたら左手を枕の下に押し込んでいた。
自然と久保ちゃんに背を向けた体勢になる。

「時任、眼鏡知らない?」
「……知らない」
「ふーん……」

ここには2人しか居ないのだから、知らない筈はないんだけど。
久保ちゃんは深く言及する事なく、そのまま俺の隣りに潜り込んだ。
背中から抱き締められる。

「知ってる?動物ってさ、5感のうちどれが欠けても、それを補うのに他の感覚が鋭く
なるんだってさ」

時任は何も言わない。
でも、不穏な気配を感じたのか全身の神経を張り詰めて俺の言葉を聞いてる。
それを分かった上で、目の前にある捧げられた供物のような首筋に噛付いた。

「いっ……」

予測しなかった痛みのせいか体を強ばらせて、時任が抗議の眼差しを向ける。
ただ俺を煽るだけだって、知らないで。

「あっ……」

くっきりと残った、俺の歯型。
ゆっくりと舌でなぞり上げれば、微かに血の味がした。

「時任ってさ、何処をとっても甘いよね」

一度腕から解放して、横を向いてる時任を体ごと上に向かせた。
そのまま時任の頬に触れて、親指で濡れた唇を探り辿る。

「久保ちゃ、ん……」

微かに紡がれる音を、漏らす事なく拾い上げるように深く口付ける。

「ん、」

さらに強く舌を絡めれば、瞬間的に時任の体温が上がり酷く官能的な匂いが立ち籠めた。
ただ一つ、俺を惑わす香り。

「そんなんで、足りんのかよっ……」

ぼやけた視界でも分かる、熱を孕んだ時任の視線。

「足りない、かな?」

俺も、お前も。
その言葉を飲み込んで、目を合わせれば。
突然、首に走った衝撃。
どうやら首に回したらしい腕を、ぐっと自分の方へ引き寄せる。

「じゃあ、抱け」

俺を。
掠れた声で、はっきりと耳元に囁かれたのは、理性を殺す、言葉。
その凶器に体を貫かれた時には既に、歯止めが利かなくなっていた。
結局、その夜が明けるまで持ち合わせる感覚の全てを余す事なく用いて
ただ時任を、感じていた。

神経と感覚の相互関係。