口紅

最近オープンしたばかりの、お洒落なカフェ。
若い女性が好みそうな内装とメニューの内容から事実、店内にはカップルよりも女性同士、といった客層が目立つ。
それなのに。

「どうして私が少数派に入ってるのかしら」

溜息交じりにぼんやりと呟いた所で「お待たせ致しました」という店員の言葉と共に、目の前にコーヒーと可愛らしいフルーツタルトが置かれる。
あ、と声をあげるよりも先に「それ俺のです」と片手を上げた誠人に思わず肩を震わせた。

「……何で笑うかなあ」
「いや、誰が見たって笑うわよ。だって絶対に似合わないもの」

私の前に置かれたシンプルなチーズケーキにフォークを入れる。
うん、美味しい。

「そもそも何で一緒に来るのが私なのよ。もっと身近に適任なのが居るじゃない」
「時任が俺と二人でこーいう所に来ると思う?」
「……それもそうね」

コーヒーをひと口飲んだ所で、ふと湧いた素朴な疑念。

「何、結局私は時任君の代わりなわけ?」
「浮気されてるから、俺」
「はあ?」

思わずフォークを取り落とす。
広くない店内に軽い金属音が響き、慌てて周囲を見渡し軽く頭を下げる。

「何よ、浮気って」
「バイト。滝さんの所で」

最近、構ってくれないんだよねー
相変わらず満足気にフルーツタルトを食べ進めながら語られた事の真相に、声を潜めたのが馬鹿馬鹿しい。

「……それ、ただの惚気話じゃない」

そんな物に付き合わされた代償に、あとで口紅の一本でも買わせようと心に決めた。

ホワイトデー。