since 2005年8月12日
「ただいまー」
おかえりー、と間延びした声が聞こえる事を期待しての言葉。
自分の声だけが壁に反響して消えた所で、首を傾げながら足元に目を落とす。
行儀悪く脱ぎ散らかされたスニーカーに、そっと詰めていた息を吐き出した。
どうにも、慣れない。
誰も居ない事が当たり前だったのに、慣れ親しんだ気配が感じられない事がこんなにも不安になるなんて。
不意に耳に水音が届いた。
漸く安堵して、洗面所のドアを開く。
「ときとー、ただいま」
「あれ、久保ちゃん!?」
聴きたかった声。
扉一枚越しの、ほんの少し驚きを含んだそれに知らず笑みが浮かぶ。
「そんなに驚く事ないじゃない」
「だってお前、遅くなるかもって」
キュッ、と音がしてシャワーが止められた。
躊躇うように細く浴室の扉が開き、濡れた瞳に見上げられる。
「おかえり」
考えるよりも先に、身体が動いた。
閉められる前に扉を押し開け、驚いた顔をした時任を腕に抱きしめる。
「ちょ、久保ちゃん!」
「なに?」
「なに、じゃなくて!服濡れるって!」
「うん、そうね。お前がそうやって暴れるから?」
腕から逃れようとじたばた動いていた時任が急にピタリと大人しくなる。
抱きしめる力をそっと緩めてみても抜け出す事なく、それどころかギュッと抱きつかれ水滴に濡れたシャツ越しに時任の体温が伝わる。
「バッカじゃねーの?」
冷え始めた時任の身体が気になり、手を伸ばしてシャワーのコックを捻る。
ここまで濡れてしまえばもう構う事は無い。
シャワーを手に取り時任の肩から温かいお湯を掛け、ふと早く帰って来た理由を思い出す。
「あ、そうだ時任」
「……なに、」
「誕生日。おめでとう」
Happy Birthday!