燻り火

二人分の熱を含んだシーツが冷えた頃―
闇の中、カチッという小さな音。
次いで立ち上る煙と、吐き出される煙の匂い。
あまりにも身に馴染んだ、けれど自分の物ではないソレに久保田はうっすらと目を開けた。

「……何してんの?」
「んー、久保ちゃんのマネ」

時任は、緩慢な動作で手にした煙草を口元に運んだ。
ゆっくりと吸い込んで、煙を吐き出すその行為は確かに自分と同じだろうが、
時任の仕草はどこか妖艶さを帯びて見え、軽く眩暈を感じた。

「寝タバコ禁止」

久保田は時任の手から煙草を取り上げると、幾分か短くなったソレを銜えた。

「お前もじゃん……」
「俺はいいの。っていうかさ」

いつもより幾分か高い熱を孕んだ久保田の指先が時任の唇を捉え、そっとなぞるように辿る。

「お前はタバコの味なんか知らなくていいの」
「知ってる」
「うん?」

今度は時任が腕を伸ばし、久保田から煙草を取り上げると再び自分の手に戻ったソレを
灰皿に押し付けた。

「そんなの、前から知ってる」

時任は未だ唇をなぞる久保田の指先をそっと舐め上げると、横たえていた身を起こした。
至近距離で真っ直ぐ目を見つめられる。
その艶を秘めたような濡れた瞳に、呑み込まれる、そう思った瞬間。
滅多にない、時任からのキス。
少しの隙間も許さない、というように深く絡められる舌に感じるのは、普段は無い煙草の苦み。
それでも尚、苦さに勝るキスの甘さに酔いそうになる。

「ッ久保ちゃんのキス、いつもタバコの味がする……」
「時任……」

息を切らして、どこまでも紅く濡れた唇を自ら舐め取るその仕草さえ、今の俺を煽るには十分すぎる刺激。
だから−

「時任」
「なに?」
「もう一回しよ?」

俺の言葉に時任は気怠げなままの視線を向けると、再びシーツに潜り込んだ。

「ね、オネガイ」

背を向けてしまった時任をそのまま抱き込むように腕に閉じ込めて。
耳元で甘えるように囁けば、諦めたような溜め息を漏らすのを知っているから。

「どうせヤダッつってもヤるんだろ?」

時任の言葉に、肯定の意を込めて細い首筋に幾つ目とも知らぬ跡を残す。

「……一回だけだからな」
「うん」

ごめんね?きっと、その約束は守れない。

「久保ちゃ、ん」
「ん、なに?」

ギシギシと軋む、ベッドの上。
髪に絡ませた指に、ぐっと力を込め引き寄せられる。
淫らな呼吸を繰り返し漏らす唇を耳に寄せられて。

「死ぬほど愛してる」

吐き出された言葉。

「うん」

俺も。
そしてまた乱れたシーツにその言葉ごと身体を埋めた。