桜霞

「なぁ、どこ行くんだよ?」
「うん?ナイショ」
「ふーん。べつにいーけど」
「もう少しで分かるから」

少し前。
夜になって朝から降り続いていた雨が上がり、久保田が突然、「出かけるよ」と言い出した。
「どこに?」と時任が聞いても、久保田は「ナイショ」と言うだけで行き先は伝えられなかった。
そして、行き先も分からず久保田に付いて歩くのは普段、コンビニへ行く道とは逆の方向。
久保田が何処へ行こうとしているのか、時任には見当も付かない。

「あ、そーだ。ビールも買っていこうか」
「は?」

黙って歩いていた久保田は突然、目に付いた自販機で缶ビールを2本買った。

「久保ちゃん、マジでどこ行くの?」
「もう着くよ」

やはりさっきと同じような答えが返ってきて、時任は流石に行き先を聞き出すのを諦めた。
そして、また二人で黙って歩き出す。

「あれ?」

しばらく歩いて、角を曲がった瞬間。
目の前をヒラリ、ヒラリと通り過ぎる桜の花びら。
目を向けるとそこは小さな公園で、大きな桜の木が一本立っていた。

「すげー……こんな所あったんだ」
「雨で散っちゃったかと思ったけど、綺麗でよかったね」

そう言って、久保田は時任に缶ビールを手渡した。

「夜桜もいいっしょ?」
「おう。それにしても、誰も居ねーな」
「雨だったからね。居るとしたら、余程の物好きさん?」
「それ、久保ちゃんじゃん」
「時任もでしょ?」
「俺は違うっつーの」

ちょっと笑って、まだ半分ほど残っていたビールを一気に飲み干す。

「久保ちゃん」
「うん?」

時任は隣に居た久保田に腕を伸ばして、下から覗き込むとそのまま引き寄せキスをした。

「大胆だねぇ」
「うっせーな。酔ってんだよ!」
「じゃあ、もっと酔わせてあげよっか?」
「これ以上酔わねーよ。バーカ」

そう言って時任はビールのせいだけではない、赤くなった顔を隠すように久保田から離れようとしたその時−

「久保ちゃ、」

不意に抱きしめられて、今度は久保田が時任にさっきよりも長い、深いキスを返した。

「酔った?」
「……酔った」

時任の答えに久保田は微笑むと、今度は軽いキス。

「続きは家に帰ってから、ね?」