夜明け前

「あー、やっぱまだ寒いよな」

二人寝の暖かいベッドを抜け出し、ベランダに出た時任の吐く息が白い。
見上げるとそこには夜が明ける直前の、吸い込まれるような深い群青色の空が広がっていた。
時任がこんなにも早い時間、暖かいベッドを抜け出し寒いベランダに出た理由。
『目が覚めた時、窓から見えた空があまりにも綺麗だったから』
ただそれだけだった。

「時任」
「久保ちゃん……」

時任が呼び声に振り返ると、久保田は窓に凭れるように立っていた。

「こんな早くに何してんの?」
「それは俺のセリフ。時任こそなにやってるの」
「うん、空見てた」

その答えに久保田は何も言わず、時任を背後から抱え込むように柔らかく腕を回した。

「久保ちゃん、重いっつーの!」

背中から少しずつ温もりが伝わって来る。
久保田に抱き締められて初めて、自分の身体が冷えきっていることに気が付いた。
思いの外、時間が経っていたらしい。

「寒くない?」
「へーき」
「そろそろ部屋に戻ろうか」
「やだ。まだ見てる」

時任の妙に反抗的な返事に、まるで駄々っ子だね、と久保田は苦笑した。

「だーめ。早起きすればいつでも見れるでしょ」

今までだって時任が気が付かなかっただけで、同じことが繰り返されて来てるのだ。
それがまたこれからも続くのだから、いつでも見られるのは当たり前のこと。

「それに、身体だって冷え切ってるし。風邪ひいたって面倒みないよ?」
「……わかった」

久保田に続いて部屋に入る前、一度だけ振り返ると東の空が少ずつ明るみ始めていた。