get it on

放課後の生徒会本部室。
静寂に包まれた室内に響いたドアの開く音に松本は顔を上げる。

「橘?」

ノックもせずに珍しい、そんな事を思っていると

「残念、ハズレ」

友人である久保田の飼い猫―時任がそれこそ猫のようなしなやかさで細く開けたドアから室内に足を踏み入れた。

「アイツなら、いま久保ちゃんと一緒」
「誠人と?」
「何か用でもあったんじゃねーの?」

時任の言葉に松本は首を傾げる。
確かに、他の誰かの耳に入れたくないような仕事を頼みたい時は、橘を介して久保田と連絡を取る事も多い。
しかし、今は何も頼みたい事なんて無い筈だ。
にも拘わらず橘が久保田と一緒に居る、というのは―

「ほんとはさ、用があったのは俺の方」

どうにも腑に落ちない。
そう結論付けた松本を見透かしたように、時任はあっさりと種を明かした。

「君が俺に?」

何かにつけ久保田を呼び出す自分は時任に毛嫌いこそされ、わざわざ人払いをしてまで会いたいと思われるとは到底思えない。
カチャリ、と鍵の掛かる音が考え込んでいた松本を我に返させる。

「誰も来ないと思うけど、念の為な」

話が全く見えて来ない。
どう対処すべきかと考え倦ねていると、時任がゆっくりとした足取りで大きな机に近づき、松本の座る椅子まで歩み寄った。

「なぁ、」

クルリ、と椅子ごと回転させられ時任と向き合う形になる。

「シよ?」
「……何をバカなことを」
「俺、本気なんだけど?」
「大体、鍵なんか掛けても意味が無い。橘は合鍵を持っている」
「言ったじゃん、誰も来ないって」

ポケットに手を入れ、時任が取り出したそれは松本がよく見知った生徒会室の合鍵。

「一時間でも二時間でもどうぞってさ。アイツ、意外に心広いのな」

ククッと喉の奥を鳴らして笑う時任に、松本は彼が橘にも同様のことを迫ったのだと悟った。
そして、橘もまたそれに応じたのだと。
それでも不思議と怒る気にならないのは、今自分が流されつつある事に少なからず罪悪感を抱いてるからに他ならない。

「……誠人に、この事は?」
「あんたバカじゃねーの?知る訳ねーじゃん。橘だって言わねーだろうしな」

時任は言いながら、自らの制服を乱していく。
その手が松本にも伸びた所で一度時任を制し、一番訊きたかった疑問を口にする。

「どうしてこんな事を、」
「んー、どうしてって言われてもなー」

時任は松本を求める手を止めると、その答えを探すかのように目を眇めた。
そして―

「久保ちゃんばっかりじゃ、飽きるから」

今度こそ言葉を失った松本にもう何も言う事は無い、とばかりに時任は多少強引にその唇を塞いだ。