まったく、冗談じゃない。
何でこんな事になったのか。
大塚はほんの30分前の自分を激しく責め立てたい気分だった。

「なぁ、大塚。聞いてんのか?」

その時、大塚の身体を緩い快感が襲う。
その刺激と時任の声に、大塚は嫌でも目の前の現実に引き戻された。


【sadistic love】


「ったく、何でこの俺がこんな所でこそこそ隠れるような真似しなきゃなんねんだよ」

大塚は誰も居ない空き教室の隅で一人、苛立たしげに煙草に火を付ける。
が、数回吹かしただけですぐに揉み消してしまった。
こんな場所で喫煙している所を気付かれでもすれば、折角隠れている意味がない。
とにかく今は執行部の連中、特に時任だけには絶対に見つかる訳にはいかない。
もし、見つかったら―
今までに時任にされてきた様々な仕打ちが蘇り、大塚は慌ててその想像を頭から振り払う。

「あと30分くらい、か?」

教室の壁に掛けられた時計で、執行部の見回りが終わりそうな時間を見繕う。
30分という時間は手持ち無沙汰な状態で過ごすには少し長い。
壁に背を預け、そのままずるずるとだらけた体勢になると、大塚は不意に訪れた眠気に逆らわずに目を閉じた。

***

何処かで自分を呼ぶ声がする。
寝端を邪魔されただけでは無い不快感と瞬間的な恐怖感に目を開けると、自分が隠れ続けなければならない状況を作り出した元凶である張本人の姿と、 その場に久保田が居ないという最悪な状況がそこにはあった。

「げ、時任……」
「んだよ、その失礼な反応は。こんな所で寝てたら風邪引くと思って、折角起こしてやったのに」
「あーそっ、か……その、サンキュ」

何時になく上機嫌な時任の様子に大塚は違和感を覚えたが、その機嫌を損ねない為にたどたどしく礼を言う。

「どういたしまして」

相変わらず時任は笑顔を崩さない。
これ以上の用が無いのなら早く目の前から立ち去って欲しかったのだが、時任はいつまで立っても動く様子は無く、ただ面白そうに大塚を見下ろしていた。

「お前ってさ、実は物凄く鈍感だったりする?」
「何が、だよ……?」

その時、時任が不意に大塚の肩を掴むと、そのまま横へと強く押した。
大塚は傾いた身体を支えようと咄嗟に手を付こうとしたが、

「っ!」

思うように身動きが取れず、そのまま床へと倒れ込んでしまった。
不自由な姿勢で必死に自分の腕の先を目で追うと、両方の手首が後ろ手にバンダナのような布で一つに括られているのが見えた。

「さーて、大塚君が気付いた所で。今日も俺様が直々に天誅を下してやるよ」
「ふざけんなよ!大体、今日俺は何もしてねーだろ!何だってんだよ!!」
「え、そんなの決まってんじゃん」

床に転がりながらも必死に時任を睨み付ける大塚に向かって、時任は笑みを崩さないままゆっくりと視線を合わせる。

「俺が暇だったから」
「お前が暇でも、俺は関係ねーだろ!いいから早く手ぇ解けよ!!」
「あー、ごちゃごちゃとうるせーな」

時任は尚も不自然な体勢で喚く大塚の身体を、元のように壁を背にする形に整えてやりながら、

「お前だって、ほんとは期待してるクセに」

笑みを含んだ声でそう、耳元に囁いた。

「だ、誰がっ」
「あれ、違ったのか?」

一度だけ視線を合わせた時任の目線がそのまま身体を辿り、下へと流れていく。

マズい。
大塚の本能が警鐘を鳴らす。

「お前ってさ、ほんと素直で可愛いよな。身体だけは」

ある一点で視線を留めた時任が再び大塚の目を覗き込むように視線を合わせると、恐らく久保田には見せた事のない、嘲りと愛しさを織り交ぜたような笑みを携え、 指先のみで大塚の大腿から下腹部へと続くラインをそっと撫で上げた。

「っ!」
「これでもまだ違うって言えんのか?」

時任に与えられる刺激に対し如実な反応を示し始めた己の身体に、大塚は悔しさを滲ませた表情でギリ、と奥歯を噛み締めた。
時任はそんな大塚の様子に満足げな表情を浮かべると、熱を孕んだ箇所を制服の上からゆるゆると刺激を与え続けながら、

「なぁ、今日は何して欲しい?今の俺様すげー機嫌が良いから、一つ位はお前の頼みを聞いてやるよ」

実に可愛らしく、憎らしげに小首を傾げ大塚を仰ぎ見た。

「いい、から、もう…ヤメ、ロ」

大塚は自分の中に渦巻く熱を必死にやり過ごしながら切れ切れにそう呟くと、

「ん、分かった。じゃぁ止める」
「へ?」

あれほどしつこく大塚の身体を弄っていた手を、あっけない程簡単に止めた。
大塚自身、こんな簡単に要求を受け入れられるとは思ってはおらず、つい間の抜けた声を上げ時任を見た。

「だから、言ったろ?お前の頼みを聞いてやるって。お前が止めろって言うなら、止めてやるよ」

時任は何事もなかったかのように立ち上がると、未だ放心気味の大塚を残し教室を出て行こうとする。

「おい、ちょっと待て!行くなら手を解いてけって!!」

時任の姿が視界から消える直前、大塚が慌ててその背中に声を掛けると時任が振り返り、あからさまに面倒だという態度で大塚の元へと引き返す。

「あのさぁ、それ、自分で簡単に解けるように結んであるんだけど」
「は、そんな訳……」

時任の言葉に大塚が後ろ手に縛られた状態のままバンダナの端を引くと、今までの拘束が嘘のように結び目が解ける。

「…………」
「な?ちなみにそれ、久保ちゃんの直伝だから。ていうか大塚さぁ、その程度の拘束からも逃げられなかったて事はさぁ、」

聞きたくもない言葉が次々と時任の唇から紡がれるが、大塚はただ黙って聞いているしかない。

「やっぱり初めっから逃げる気なんか無かったろ」

今度こそ時任が教室から姿を消す。
最後に見せたその顔がやけに愉しそうだったのを思い出し、大塚は深い溜め息を吐いた。