tactics

「さて、と。そろそろいいか」

先刻までしつこく時任を呼んでいた声が聞こえなくなってから、僅か十数分。
薬に侵された久保田にとっては恐らく永遠とも思える程の時間が過ぎた頃、時任は籠城を決め込んだ寝室を後にした。
向かった先はリビング。
久保田を探すと、ソファーの下でじっと蹲っている姿が目に入る。

「久保ちゃん」

返事は無い。
が、散々に求めた人物がこんなにも近くに居るのだから、気が付いていない筈もない。

「久保ちゃん」

それを分かっている上で、先程よりも強い調子で久保田を呼べば、漸くのろのろと顔を上げた久保田の表情に、時任は面には出さずともその変化ぶりに息を飲んだ。

―やべぇ、久保ちゃん色っぽすぎ。

熱に浮かされたように揺れる瞳とか、僅かに上気した肌とか。

「だいぶ効いてきたみたいだな」

確かめるように久保田の頬に触れた、それだけの事で肩を震わせる久保田の顔を、時任はさらに覗き込む。

「なぁ久保ちゃん、つらい?」
「――、」

唇が動く。
が、言葉として紡がれる事は無く、代わりに自分の腕を抱き締める手に力が込められた。
それが答えだと知る時任は、愉しげな表情で久保田を見つめる。

「そんなにツラけりゃ、一人ででも何でもすりゃあいいのに」

そんな事、時任がすぐ側に居るこの家で出来はずが無い。
プライドの高い久保田なら尚のこと。

「ま、お前に出来るわけないか」

穏やかな声で選択肢を与えながら残酷に逃げ道を奪っていく時任に、久保田は口に出来ない分、縋るような眼差しを向ける。
無視を決め込んだ時任が立ち上がり、久保田の側を離れようとしたその時―

「なに?」

強い力で手首を捕らえられ、時任は迷惑だと言わんばかりに振り返る。

「もうだめ、無理。許して時任」

その言葉で、久保田が完全に自分の手中に堕ちたことを悟った時任は凄絶な笑みを浮かべる。
久保田を寝室へと誘う仕種を見せたその瞬間、

「ってーな、何すんだよ」
「何って、そんなの決まってるじゃない」

時任を荒々しくソファーに押し倒すと、両腕を頭上で押さえ付けた。

「覚悟してね時任。倍返しじゃ済ませないから」

『tolerance』→『tactics』