An unpleasant story

放課後―

「あー、つまんねーな」

久保田は例の如く松本の要請で本部に駆り出されてしまったため、 時任は一人、廊下を歩いていた。
その動きにいつもの機敏さはは無く、いつもなら快活な笑みを浮かべる表情も退屈に満ちたものだった。
その時。
廊下の先から大塚の汚い脅し文句と困惑に満ちた男子生徒の声が聞こえ、時任は二人からは見えない、死角となる角に身を潜めた。
会話と呼ぶにはやや一方的なその内容に、耳を傾けていた時任の口角が僅かに上がる。
やがて目的を遂げた大塚が一人、自分の方へと歩いてくるのを自らが張った巣に獲物がかかるのを待つ蜘蛛のように、じっと待った。

「よう、大塚ぁ」
「げ、時任……」

そんな蜘蛛の巣に掛かった、一匹の哀れな獲物。
大塚は時任の姿を認めた瞬間、反射的に半歩ほど後ずさった。
時任を振り切って前進するべきか、それとも不自然だろうが何だろうが、元来た道を後退するべきか。
そんな大塚の一瞬の迷いを隙をついて、時任は大塚の腕を掴むと今まで自分が潜んでいた壁際に追い詰め、退路を絶つように片手を付いた。
さらにもう片方の手も付き、逃げる間も与えず完全に捕えてしまう。

「俺様から逃げて、どこに行こうってんだよ」
「う、うるせーな。べつに逃げる訳じゃ、」
「ふーん?」

つい今し方まで一般生徒を相手に悪事を働いていた姿とはまるで似ても似つかない、うろたえた様子。
それでも精一杯に虚勢を張ろうとする大塚を時任は下から覗き込むように見上げ、にやりと笑った。

「お前さぁ、今またカツアゲしてたろ」
「な、何の事だよ。知らねーよっ!」
「ホント、お前も懲りねーよな。それとも……」

大塚を拘束した姿勢はそのままに、時任の片膝が不穏な動きを見せる。

「俺様にお仕置きされたくて、わざとやってんのか?」
「ちが、誰が、っ!」

大塚のうわずる声に時任が確信を得たように、探るようなソレはそろりとなぞるような動きからあからさまに股間へ刺激を与える動きへと変化した。

「そうか?お前、いつも俺が久保ちゃんと居ない時に限って一人で悪さしてんじゃん。待ってるとしか思えねーんだけど」

囁くような時任の声が、 大塚の中に今までの仕打ちを蘇えさせる。
その、あまりにも鮮烈な記憶に大塚は下半身に熱が集まるのを感じ、思わず生唾飲み込んだ。
その反応に時任がほくそ笑む。

― マズい。 このままじゃ落とされる。
背筋をはい上る悍ましいはずの感覚が快感へとすり替わり、陥落しそうになる身体を叱咤しながら何とか時任から逃れようとすると、それよりも早く時任の手が大塚の二の腕を押さえ込んだ。

「なぁ、今日は手でしてやろーか。それともクチ?」
「や、やめろ、」

拒否しながらも想像してしまう自分が嫌だ。
自分の意志とは関係無しに熱が体の中に溜まっていくのを抑えきれずに、 情けなく上ずった声が廊下に反響する。

「変態」

時任の口から蔑むような冷たい言葉が吐き出される。
大塚が屈辱に顔を歪め、時任が愉しそうに唇を歪めた、その瞬間―

「あれ、何やってるの、時任」
「あ、久保ちゃん」

校内であるにもかかわらず堂々と銜え煙草をした久保田が、通り過ぎようとした角から顔を覗かせる。
散々大塚の身体と心をいたぶっていた時任が嘘のようにさっと身を翻し、久保田の元へと駆け寄った。

(たすかった……)

大塚は深い溜息を吐くと虚脱感に襲われずるずると壁に凭れ床に座り込んだ。

「コイツ、また一般生徒に迷惑行為してたからさ。俺様が天誅下してやったの。な、大塚」

時任が大塚を振り返る。
その顔に薄らと浮かべられた笑みの冷たさに、大塚はガクガクと頷いた。

「ふーん……」

久保田がそんな二人のやり取りを興味無さそうに呟いた、その瞬間―

「うっ」

久保田の長い足が大塚の腹に鋭く容赦のない蹴りを放った。

「人様に迷惑を掛けるのは良くないよね?ついでに、」

大塚を見下ろす久保田が、ぞっとする程冷たく酷薄な笑みを浮かべる。

「人のモノ取るのも、良くないってこと。よく覚えておいてね?」