勝ち目無し

2月14日、放課後。
この時期にしては珍しく暖かい日差しに、俺は居眠りをしていたらしい。
寝入っている俺を憚ってか、抑えた声が耳に届く。
桂木と時任の二人のようだ。
目が覚めたばかりで未だにはっきりしない五感で探ってみても、他の部員の気配は感じられない。

「分かってはいたけど、凄い量ね」
「ま、久保ちゃんだからな」

きっと二人が指しているのは、机の上に無造作に積まれた、チョコレートの山。
桂木にとって荒磯では初めて迎えるバレンタインだったが、久保田が受ける告白の数を知る彼女にとって、この程度の予測は難しい事では無いのだろう。
それにしても。
時任がこんな日に気を悪くしないなんて、珍しい。

「いいの?時任はあげなくて」

どうせ、あげてないんでしょ?と言外に匂わす桂木の言葉に

「いいんだよ。俺はとっくにやってるし」

時任は機嫌の良ささえ伺わせる声で、そう返した。

「え、そうなの?」

桂木の意外そうな声が耳に届く。 だが、驚いたのは俺も同じだ。

いつ、貰ったっけ?
バレンタインデーは紛れも無く今日だ。
朝から思い出してみても、時任に何かを渡された記憶は無い。

「で、何をあげたのよ?」

結局思い出す事が出来ない俺は、不本意ながら二人の会話に耳をかたむける。

「俺にチョコを渡す権利」
「……あんたらしいわ」

まったくだ。
沸き上がる笑いをかみ殺しながら、さも「今起きました」を装い体を起こす。

「あ、久保ちゃんやっと起きた」
「起きたんならさっさと帰りなさいよ。久保田くんには何か大事な用事が出来たみたいだから」
「うん、そうみたいね」

俺のが途中から目を覚ましていた事に、桂木は気付いていたらしい。
お言葉に甘えて、鞄を手に立ち上がる。

「え、そうなのか?」
「分かって無いのは、きっとあんた位よ」
「そーいうコト。ありがとね、桂木ちゃん」
「いいえ。ホワイトデー、期待してるわ」

桂木の言葉にひらひらと手を振って答え、時任を促して部室を出る。
机の上の荷物は、当然の如く無視。

「なんか俺、イマイチ話が見えねーんだけど」
「いいよ、見えないままで」

どこか不服な表情を浮かべる時任に笑いかけて。

「コンビニ寄って帰ろうね」