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深夜。
ベッドに入って大分経つにも関わらず、一向に訪れる気配のない睡眠にそっと溜め息をつく。
眠れないものを無理に眠ろうとするような、無駄な努力はしたくない。
そう思いながら、手を伸ばせば届く位置に常備してある煙草を手に取り、火を点けた。
眠れないまま否応なしに過ぎていく時間を持て余しながら、傍らで眠る時任の髪をそっと撫でる。

「ん…久保ちゃん……?」
「起こしちゃった?ごめんね」

眠たげに目を擦る手を止めさせて。
髪を撫でていた手をそのまま頬へと滑らせた。

「今日も寝らんねーの……?」

曖昧な笑みで「そうだ」と判断したのか、時任が俺の方へと向き直る。

「ずっと寝ないでいると死んじまう、って前にテレビでやってたじゃん……」
「じゃあ、俺が死なないように時任が見張っててくれるの?」

自分でも驚くほどの冷ややかな声。
いくら不本意でも口をついて出てしまった言葉はもう戻せない。
だけど―

「いいぜ……付き合ってやる」

時任は夜目でも分かるほどの強い視線で、俺を見上げた。

『付き合ってやる』

その言葉から数十分。
どうせすぐに寝てしまうだろう、と思った時任は ベッドに身を起こすまでいかずとも、眠らないように、と躍起になっていた。
自分の腕に爪を立てて、痛みで眠気を散らそうとした時はさすがに止めたが、今は眠ってしまうのを避けるように、瞬きを繰り返していた。
何かを話す訳でもなく、ただひたすら睡魔に抗い続ける様子に

「時任、ごめんね。もう眠っていいよ」

これでは時任の方が参ってしまう。
そう思って、時任を眠りに就かせる為に再びその髪に手を伸ばすと、身を捩って手から逃れてしまう。

「ね、時任。もう、寝ていいから。俺もちゃんと寝るから」
「……本当か?」
「うん、本当に。だから、一緒に寝よ?」
「だったら……寝てや る…………」

やはり相当辛かったのか、言い終わらない内に目を閉じて。
すぐに聞こえ始めた穏やかな寝息に、安堵する。

「一緒に寝よ、か」

本当は分かってる。
眠れない理由は、不眠症の所為だけではない。

「時任……」

小さく呼び掛けて、眠っていることを確かめてからそっと顔を近付ける。

「抱きたい、って……言ったらお前はどんな顔するだろうね」

目覚める気配のない時任にそっと触れるだけのキスをして。
どうせ俺の方が早く起きるのだから、と何度も自分に言い聞かせてから傍らで眠る時任をそっと腕に抱いて、目を閉じた。


「気付いてんだよ……バーカ」

暫くして、久保ちゃんが寝入ったのを気配で感じ取ってからそっと目を開ける。
そんな夜をもう、何度繰り返したかなんて、覚えちゃいないけど。
俺が毎晩のように、こうやって久保ちゃんの腕に抱かれて眠っている事も、久保ちゃんがそういう風に思っていて眠れないでいる事も。
もう、全部分かってる。
本当に溜め息つきたいのは俺の方だっつーの。

「久保ちゃん……」

目を閉じると幾分か幼くなる顔をじっと見つめて、腕に抱かれたまま、起こさないようにそっと近付く。

「いい加減、気付けよ……」

そう思ってるのは久保ちゃんだけじゃない、って事に。

『早く気付け』

そう、半ば願いを掛けるように、久保ちゃんがしたのと同じくらい軽いキスをふわり、と落として目を閉じる。

「おやすみ」

今はまだ、これだけで。